仁尾で伝統的な醸造酢「仁尾酢」を作る中橋造酢さん
香川県三豊市にある中橋造酢株式会社は、寛保元年(1741年)創業の老舗で、米酢「仁尾酢」の醸造元。280余年の伝統製法、杉樽発酵により醸し出されるまろやかな香りの醸造米酢を製造しています。四国では、最盛期には10箇所以上の醸造元があり、香川県で最初にお酢を造り始めたのがここ中橋造酢さんでした。仁尾は海上交通の便が良いことと、良質な水源に恵まれていたことから特に醸造業が盛んになった地域で、以前は他にも何件か醸造元があったそうです。ですが、今では中橋造酢さんのみになりました。
昔ながらの風情ある建物が醸造工場で、奥にはレトロな煉瓦造りの煙突が見えます。
工場の中には大きな杉樽が並び、圧搾するための木舟や煉瓦造りの大窯など、博物館にも展示されるような昔ながらのものたちが現役で並んでいます。
中橋造酢11代目の中橋康一さんと奥様の登美子さんは、昔から受け継いでいるこれらの設備を今も大切に使いながらお酢を作っています。
中でも杉樽は、仁尾酢を作るのに最も大切なものです。それを説明するために、お酢を作る行程からご紹介します。
お酢を作るには
まず、湧き水とお米で酢の元となる原酒「もろみ」を造ります。
大きな煉瓦造りの窯でお米を蒸し、発酵させます(これをそのまま絞ると日本酒になります)。ここに少しお酢を混ぜてから絞っていきます。こうして出来上がった酒を醪(もろみ)と言い、「舟」と呼ばれる木製の機械で圧搾していきます。この木舟は酒蔵の博物館で展示品になっているほどの古いもので、中橋造酢さんではあちこち手作業で修繕しながら大切に使われています。
この醪(もろみ)作りが一番大変な仕事で、2年に1回数日かけて作業をします。この時は遠くに住む子どもや孫たちも全員集合して一家総出で行う大仕事です。
作った醪(もろみ)は貯蔵しておいて、お酢を作る時に少しずつ使っていくそうです。
醪(もろみ)と種酢、醸造用アルコール、お湯、そしてここ仁尾の醸造蔵に生き続けている「仁尾酢の菌」が添加されて、杉樽の中で発酵していきます。
この発酵をしてくれるのが「仁尾酢の菌」で、おそらく造酢元ごとに菌の種類は違っていて、それによってお酢の風味が変わってくるのだと、中橋さんから教えて頂きました。
280年間、蔵で生き続けている「仁尾酢の菌」と杉樽によって醸し出されるまろやかな甘味、芳醇な香り、深い味わいが仁尾酢の特徴なのです。
「仁尾酢の菌」は、熱さや寒さに弱いので、熱い時は窓を開けて風を通し、寒い時は「菰(こも)」(※昔農家で使っていた筵(むしろ)と呼ばれているものと同じ)を巻いて、菌が元気に発酵できる温度を保つ助けをしています。
菌は自分たちの活動で人肌ほどの温度になっていくそうで、冬場などは蓋を開けるとほわっと湯気が上がります。
表面にある白い膜が、可愛い我が子「仁尾酢の菌」で、樽の中でお酢を発酵させてくれます。
充分に発酵したら、お塩を少しだけ入れて発酵を止めます。そして表面の膜などを取り除き、それらが沈殿するのを待って、やっと綺麗に透き通った「仁尾酢」が出来上がります。
未来に仁尾酢を残すための課題
仁尾酢の菌は、酢酸菌と乳酸菌から3種類の菌が見つかっています。
菌によって発酵の速度がそれぞれ違い、発酵速度の遅い菌を取り除けばもっと早くお酢が作れるようになるのでは、と研究チームから提案された事もあったそうです。ですが、おそらくこの3種類の菌が働いてこそ、仁尾酢の味になっているのだと中橋さんは考えています。
工場の中には大きく立派な杉樽がたくさん並んでいます。この杉樽は100年以上使える丈夫なものではありますが、実はこの杉樽を作る職人さんがいないというのが大きな課題の一つです。現状、新しい杉樽を手に入れることは難しく、今ある杉樽を大切に使っていくしかありません。
3種類の「仁尾酢の菌」がこの杉樽に住み着いているからこそ、仁尾酢が出来上がるのであって、これが他の近代的な素材の樽になってしまっては、菌が住めなくなってしまうのです。
発酵を促す温度管理のために杉樽に巻く「菰(こも)」も、それを作る職人さんがどんどん減っているそうで、なかなか手に入りません。
杉樽や菰(こも)といった昔ながらの道具というのは本当に不思議なほどうまく出来ていて、生きている仁尾酢の菌に自然に呼吸をさせて、活発に発酵できる環境を作ってくれます。
他にもレンガ造りの大きな窯や蒸し器など、重要文化財級の設備たちも、修繕するには数少ないその道の職人の手仕事が必要不可欠です。
仁尾酢を後世に残し、作り続けていくためには大変な課題が数々あるのです。
みなさんに知ってほしいこと
仁尾酢の味を「まろやかなお酢」と表記して販売していると「そのまま料理に使っても甘くないしちっともまろやかじゃない」と苦情を受けたことがあるそうです。
今のお酢といえば、お砂糖やお醤油がブレンドされた便利な調理酢が多く販売されていて、食材にそのままお酢をかけるだけで酢の物が出来ると思ってしまう方もいるそう。
お酢は、あくまでも脇役なのでお砂糖やお醤油など、他の調味料と一緒に使ってはじめて美味しい料理ができるんだということを知ってほしいと中橋さんは言います。
地方へ発送するときなどは、合わせ酢の基本レシピを入れるなど工夫されているようです。
お酢は脇役。でも食事に甘・辛・酸っぱいという彩りを添えてくれる、身体にもとても優しい調味料です。
中橋さんの先代の口癖は「仁尾酢の菌」だったそうです。その「仁尾酢の菌」を未来に残すために、私たちに出来ることはまず仁尾酢を購入し、美味しく食べさせて頂くことだと考えています。
中橋造酢さんの「仁尾酢」がこれからも楽しめますように、応援させて頂きたいです。